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元アシスタントコーチのジョニー・バック氏が死去

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元アシスタントコーチのジョニー・バック氏(91)が死去

ブルズ史に残る突出したコーチの一人であるジョニー・バック氏がお亡くなりになられました。享年91歳。

56年というコーチングキャリアを誇るバック氏は1986年にブルズ入りし、1991,92,93のスリーピート時にはマイケル・ジョーダン、スコッティー・ピッペン、ホーレス・グラントを中心に「ドーベルマン」式ディフェンスを導入しリーグを席巻しました。その後シャーロット、デトロイト、ワシントンなどでコーチを務めた後、2003年にブルズに復帰し2006年に引退をしていました。

以下はBulls.comに掲載されていたフィル・ジャクソンのメッセージです。

1987年10月、私はアシスタントとしてシカゴ・ブルズのコーチングスタッフに加わりました。そのスタッフはダグ・コリンズ(37歳という若いヘッドコーチ)、テックス・ウィンター、ジョニー・バック、そして私という構成でした。まずトレーニングキャンプとプレシーズン中は外に行きリーグ全体をスカウトする要因として雇われ、二人の年上のコーチはチームと残るという形でした。テックス・ウィンターはジェリー・クラウスGMの長年の友人でもあり、ジェリー曰く「コーチのコーチ」として雇われていました。ジョニー・バックはダグ・コリンズが選手として出場した72年オリンピックのコーチングスタッフでした。バックは東のスタイルを熟知しており多くのエピソードを語れる存在、逆にウィンターは西のスタイルを熟知しており当時のいわゆるバスケの教育者と全員知り合いでした。

テックスはオフの日は夜10時には就寝し、ジョニーはバーに行き深夜まで語っていることが常でした。テックスはどちらかというとバスケがどうプレイされるべきかに対して自説を譲らないタイプで、一方ジョンは「さあ喧嘩の始まりだ!」と意気込むタイプでした。私は2年間彼らの教え子となりました。NBAの試合は理解しているつもりでした。実際理解はできていたのですが、バスケットボールの歴史というものを知らなかった。

ジョニー・バックと私はビデオレコーダーを使い次戦の相手のビデオを用意し試合前のビデオセッションを行うことを任されていました。ビデオレコーダーは対戦相手のビデオを7-10分ほどの映像に編集できる新しい機器でした。いつもお互いのビデオよりもいいものができると競い合っていました。ジョニーの映像はスペードのエースマークがついたライフルの銃床の画で終わり、相手を殺したという意味をもたせていました。第2次世界大戦用語でよく話していました。私はベトナム戦争に反発した世代だったので、自分の映像の終わり方はウッドストックでのジミー・ヘンドリックスによる国歌演奏やトーキング・ヘッズの「Stop Making Sense」でした。

ある日ジョンがバックスのビデオを編集している時に私を呼びつけこう言いました。

「見てみろ。デル・ハリスがホルスト・ピンホルスターのピンウィールオフェンスを導入したぞ。」

ジョニーが見過ごすはずがありません。そして彼はディフェンスを愛していました。私がブルズのヘッドコーチになった際にテックスをオフェンスのコーディネーターにした事はよく知られていますが、ジョンをディフェンスのコーディネーターにした事はあまり知られていません。当時のブルズはピッペン、ジョーダン、グラントによるドーベルマンディフェンスでリーグに恐れられていました。フルコートのマンツーマンプレスの他に3つのプレスを展開することができ対戦相手を苦しめました。ジョンは初期スリーピートチームのディフェンスを作り上げた人物でした。

ジョニー・バックは一卵性双生児でした。第2次世界大戦で戦死という形で失っています。彼はパイロットで、ある日のミッション、太平洋から帰ってくることはありませんでした。射撃手の少尉だったジョンはそれからパイロットのライセンスを取り、亡くした兄弟の形見を常に手首にブレスレットとしてはめていました。飛ぶのが大好きでした。ある日プレシーズン戦でピッツバーグに滞在していた時、探索好きのジョンは午後ずっと出かけていました。その夜の試合で、彼はシャツを開き胸に刻まれた鷲のタトゥーを誇り気に私たちに見せてくれました。

今夜は彼の事、彼の持っていたあのスピリットに思いを馳せます。特にアウェイ戦が終わった夜遅くの彼のモットー、「何?疲れてる場合じゃないよ、眠るのは墓の中でできるだろう。」

しっかり眠ってください、ジョニー。

1 Comment

  1. 正直、あの当時はまだお子様だった為HCのフィルおじさん以外の重要性に考えが
    至らず、また意識する事も無かったので存在の大きさをしりませんでした。

    今ではチームスポーツでHC以外にもOC,DCや戦術的な補佐をするコーチの重要さも
    少しは理解出来る程度にはなりました。
    当時のブルズが自分をブルズ・ジャンキーとNBAファンとなる大きな切っ掛けでした
    知らぬ事とは言え、ジョニー・バックさん、失礼をお許しください。
    そして、ありがとうございました。 ご冥福をお祈り申し上げます。

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